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現代音楽からTV・映画の劇伴や舞台・イベントなどの作曲や編曲etc.

伊福部昭の音楽のフィルモロジー

その3 伊福部昭の効用音楽四原則

2018年01月10日

伊福部先生は、常日頃「音楽は音楽以外、何者も表現しない」というストラヴィンスキーの言葉をレッスンやゼミで仰っていました。

この言葉は非常に誤解されやすいのですが、先生曰く「現代の音楽の中にはともすれば、なんとなく意味あり気な気取った題名を掲げ、意味あり気な音を、いかにも意味あり気に展開して、俗人の理解を越えた高度な芸術であるかのようにふるまうという傾向が一部に見受けられますが、これは私たちには音楽が音楽以外の何ものかを表現し得ると考える初歩的な誤解に基づく現象なのです。この種の作品がもしこの初歩的なこの誤解の所産であるとするならば、いかに高度な芸術を装い、また多くの賛同と喝采を博したにしても、それはしょせん、陳腐な通俗音楽にすぎません。音楽とは本来もっとはるかに高度な芸術なのです。」と説明して下さいました。

そして映画音楽はこの純音楽とは対極にあるが、音楽が持つ誤解性を有益に作用させる「効用音楽」なのであると語られました。

今回と次回の2回にわたって伊福部先生が云われる「効用音楽の四原則」とは、この考えの上で映像芸術を如何に即物的に解釈するかを講義した内容になります。

《伊福部昭の効用音楽四原則 その1》

1、音楽には空間的設定と時間的設定が表現できる

空間的設定とは、どこで(場所・国・地域)物語が進行しているのかを音楽(または音色)によって言葉の説明が無くても視聴者に理解させることができるということです。

例えば、砂埃が立つうらぶれた村の情景にタブラやシタールの響きが付けば、そこはインドのどこか地方の村だと視聴者に印象を与えます。またその情景にジャンベやカリンバの響きが付けば、アフリカのどこかの国の村のような印象を与えます。ボトルネックのギターが鳴れば西部劇のアメリカ南部を想像させますね。

映画の中では、良くオープニングにこの手法を使って、セリフやテロップがなくても国や地域の設定を表現するのです。

この応用として、北アルプスなどの山々の描写にホルンが用いられたり、森林の中の描写としてフルートやピッコロという楽器が用いられたりします。また広い大地や果てしない深海などを表現する場合はオーケストラの中でも低音系の楽器で表現しますし、四畳半などの狭い空間では単音楽器などで描写したりします。

時間的設定とは、音楽でどの時代の話なのかを表現できます。例えば、尺八や琵琶が鳴れば日本の時代劇。原始時代的な描写であれば打楽器(特に膜質打楽器)を多用するでしょう。

また空間と時間の設定に共通することとして、音階(モード)を効果的に使用します。古いヨーロッパの物語を表現するのであればグレゴリアンモードやケルトモードを使用したり、フラメンコで多用されるスペイン音階であれば、これは文字通りイベリア半島の物語を想像させます。

このように音楽あるいは音響自体に思想的な意味合いを持たせることはなく、説明として音楽を付け、物語の展開の邪魔をしないようにして進行することが出来ます。勿論、展開に対する期待感を作ることはできるのですが、それはまた違う表現として音楽設計されるのです。

2、強調 emphasis

物語が持つ、雰囲気・情念・登場人物の感情的背景を音楽によって強調することができます。これが前文で述べた、本来「音楽は音楽以外何ものも表現しない」のだけれども「音楽の誤解」を利用することによって音楽演出ができるということです。

このemphasisの書法に特に効果的なのがインタープンクタス(ラテン語/独語インタープンクト=正攻法)とコントラプンクタス(独語コントラプンクト=対位法)、そしてライトモチーフの書法です。

インタープンクタスとは、悲しいシーンに悲しい音楽、戦うシーンに激しいアレグロな音楽を付ける、つまり正攻法的または同質性的な音楽の表現になります。これに対してコントラプンクタスとは、これとは逆のタイプの音楽を付けてドラマツルギーの効果を高める手法です。先生が良く例に出されていたのが、子供の頃からチンドン屋をやってきた師匠の臨終の時、一般的な悲しい音楽(短調の曲とか)を付けるより、チンドン屋の曲(一見明るい曲)を付けた方が哀愁が倍増する、という話でした。

また映画「プラトーン」での戦闘シーンで使用されたバーバーの「弦楽のためのアダージョ」がコントラプンクタスの効用に対して、映画「地獄の黙示録」のワルキューレはインタープンクタスの効用と言えます。

ライトモチーフとは、ワーグナーの長大な楽劇で使用され有名な書法ですが、特定の人物や状況にモチーフ(主題=旋律など)を与え、それを登場シーンの感情や行為に合わせて表現する書法です。伊福部作品で有名なのはドシラドシラの「ゴジラ」のライトモチーフですが、これは元々ゴジラと戦う人間側のモチーフでした。また先生はよく「ライトモチーフの書法はインタープンクタスの効用ではとても有効だが、コントラプンクタスでは使えない」「その意味で、怪獣映画はインタープンクタスで押せますね」と仰っていました。確かに怪獣ごとにライトモチーフがありますよね。

また僕のケースとしては、犬夜叉でライトモチーフを良く使用しましたが、これはひとつのテーマをアクション・悲しみ・哀愁などいろいろなタイプにアレンジして、主人公の感情の起伏を同じモチーフで強調する効用をとっています。

勿論、作曲家の音楽的個性による感情的背景の強調は、それぞれ特化されるものです。僕と伊福部先生とでもemphasisの表現は違います。「ゴジラ」に「犬夜叉」の音楽は適さないし、「金田一少年の事件簿」の音楽では「銀嶺の果て」の雰囲気は違ってくるでしょう。そう言う意味ではこのemphasisは即物的な効用ではないと言えます。例えば、ラヴシーンにどのような旋律を処方するかは作曲家の個性に委ねられます。伊福部先生はラヴシーンは苦手だと仰っていましたが。

次回は、効用四原則のあと2つ「ドラマ・シークエンス」と「フォトジェニーへの呼応」をお話しします。

お楽しみに!