熱い2日間が終わった。ここまでの3年間を思うと万感の思いである。正直、思いもよらなかった委嘱の話から、全く手探りの状態でここまでやって来て、重責の荷を下ろすことができホッとした感がある。と同時にそんな作曲家に、スタッフ・キャストのみなさんは不満を言わず付いてきてくださり、今は感謝の気持ちでいっぱいでもある。

 打ち上げの席で先生役の小鉄和広さんにも言われたが、このような舞台になると想像して作曲したのか、とよくいろいろな人に質問された。私の答えはNo。新しいものを作るのに完成形が見えていたら、それは既に新しいものではないし、第一作っていて面白くない。誤解があるといけないのだが、オーケストラなどの器楽曲の場合は作曲が完成された時点で、その音楽は見えている。しかし、総合芸術と言われる舞台作品では、作曲家の考えを時には超越し、あらゆる起点から未知へと目指そうとする。けれど、それはみな同じベクトル上にあり、この共同作業が今までとは違った到達感を私に与えてくれた。

 「童謡、演劇、オペラの融合」、これが果たして達成されたかは、その発案者としては実のところ十分ではないと感じている。勿論、多くの才能の結集により、面白い舞台、今までに無いアプローチは出来たと思うが、まだ本来志向していた日本独自のオペラ作品の完成には、私は至っていなかった。まだやり残し感があるのである。しかし、それはこの「うずら」の結果があればこそ見えてきた次の次元であり、今はこの成功を素直に喜びたいと思う。

 私は、山口県かつての長州藩の生まれであるが、その先人の教えとして吉田松陰先生の「草莽崛起」に共感するものである。これは幕末の頃、形骸化した武士でなく、士農工商のあらゆる身分の人々が志をもって立ち、日本を変えようという教えである。

 翻って、私はこの「うずら」を創作して行く中で、演劇やオペラ、プロフェッショナルやアマチュア、大人から子供、あらゆる立場を混在させ、日本の新しい創作音楽舞台の創造という原点を、実はこの「草莽崛起」に見ていた。そして、今回それは大きく開花したと感じる。終演後のキャストやオーケストラ、うずら合唱団や児童合唱団の笑顔は全て等しく、それはまた観客とも共有していた。

 「うずら」は、これからも再演を重ねて行きたいと望んでいる。また普及のために、小編成版や合唱組曲化も予定している。今回の結果から得られたものが、再演や演奏を重ねる事により深化して行き、より日本語の新しいオペラの形態を普遍化して行くだろう。何より、既にこの「うずら」は、出演者全員の、そして和光の財産となったのである。それを大きく飛翔させるのが文化であると信じている。
 
 最後に、4年間の長きに渡って制作の労を取ってくださったうずら公演実行委員会のみなさま、和光市文化振興公社のみなさま、多くの関係者の皆さま、そして同じ目標に向かって今日まで頑張ってくれたスタッフ・キャストの皆さまに、この場をお借りして感謝申し上げます。本当に、お疲れ様でした!!

おもしろき こともなき世を おもしろく すみなすものは 心なりけり
(高杉晋作)